circulation-kyoto.com

惠谷浩子 (奈良文化財研究所 景観研究室研究員)

『Lonely Planet Kyoto』
 「京都」と聞いて、なにを思い浮かべるだろうか。英語による旅行ガイドブックで世界一のシェアを占める『Lonely Planet』の京都版の表紙には、祇園のメインストリートである花見小路通にて着物姿の女性がお茶屋さんの前を歩いている写真が採用されている。日本の旅行ガイドブックである『るるぶ』や『まっぷる』の京都版の表紙は毎年決まって寺社仏閣。これが国籍問わず大多数の人が納得する「京都らしさ」といえるだろう。かくいう筆者も同じイメージをずっと京都に抱いてきた。しかし、ロームシアター京都のある岡崎地域の歴史と暮らしの調査に関わるようになったことをきっかけに、「京都らしさ」とかんじているものをつくりだしてきた京都特有の仕組みの一端が、おぼろげながらみえてきた。

「京都らしさ」の表層
 岡崎は、東山山麓から鴨川にかけての一帯のうち、丸太町通と三条通にはさまれたエリアにあたる。東に南禅寺があり、中央に岡崎公園が位置する。そこを横断するように琵琶湖疏水が流れている。今でこそ歴史観光都市・京都の一角を占める重要なエリアとなっているが、ここは明治時代になるまでずっと平安京の外側、つまり都の周縁地域に位置してきた。岡崎にはじめて街区がつくられたのは平安時代後期のことで、貴族の別荘や巨大な寺院、上皇の御殿が建てられ、都の副都心になった。鎌倉時代を経て室町時代になると、別荘や寺院は廃れ、かわって鎌倉時代に創建された南禅寺が大きくなる。街区だった土地は農地になり、聖護院大根や聖護院蕪などの生産地として都の食文化を支えるようになった。明治時代になると琵琶湖疏水の開削や博覧会会場として京都の近代化を支えた。岡崎は、歴史を通じて景勝の地であり、また洛中を支える役割を果たしてきたのである。
 大手旅行ガイドブックの表紙に象徴されるようなイメージのものとして、わたしたちは「京都らしさ」の表層をとらえているのではないだろうか。しかし、実際の京都市街に分け入ってみると、岡崎を含む平安京(洛中)の周囲をぐるりと取り囲む周縁地域と中心市街地とのローカルな関わりや仕組みによって、「京都らしさ」が支えられてきたことに気付かされる。

洛北地域の暮らし
 では岡崎以外の周縁地域では、中心市街地とどのように関わってきたのだろうか。本稿では京都盆地北部(洛北)の3つの地域に限って紹介したい。
 京都市北区中川は、京都市街地から車で約30分の距離にある山間地で、北山林業の中心地として成り立ってきた。徒歩でも市街地まで半日ほどで一往復できる立地にあることから、床柱や垂木(屋根を支えるため、棟から軒先に渡す長い木材)といった人力でも運べる細くて付加価値の高い材に特化した生産地となっている。そうした材は、何度も繰り返される枝打ちと、皮むき・乾燥・磨きといった加工作業により生み出され、板材にするのではなく丸太のまま使われる。ここで生み出される材が「茶の湯」と結びついて数寄屋造りの建築や暮らし・文化を支えてきた。その木材を京都市内に運ぶのは女性の仕事だったが、その帰り道、女性たちは山間では得られないような食品や実用品を買い求めて中川まで帰った。
 左京区鞍馬本町は鞍馬寺の門前町であり、鞍馬街道の街道筋の町でもある。洛北の谷間に位置し、中川同様に市街地から車で30分ほどの距離にある。燃料革命前まで、その北部に広がる北山一帯で生産された木炭の一大集積地であった。鞍馬の問屋に集められた良質な木炭は「鞍馬炭」と呼ばれブランド化され、ここを拠点に鞍馬街道を通って京都の町方へと運ばれた。また、鞍馬は「木の芽煮」の産地でもある。現在も北山から山椒や蕗をはじめとする山菜が集められて佃煮に加工されて京都市内へもたらされている。
 この鞍馬街道と京都盆地との境目に深泥池があるが、その周辺は祇園祭の粽の加工地である。現在は住宅地となっているが以前は農村で、農家の副業として粽の加工がおこなわれてきた。粽づくりに欠かせないクマザサの産地だった北山の花背とも、消費地である山鉾町のある洛中とも、鞍馬街道で結ばれる立地である。

「フィルター」をもつ京都
 このようにみてみると、京都の歴史的核である中心市街地と周縁地域は、一方通行ではない相互の支えあいで成り立ってきたことがわかる。また、遠方で生産されたものを盆地のエッジに立地する村々で加工し、その加工品を市街地へ供給する、という関係もみえてくる。岡崎でも琵琶湖疏水の水を水力発電によって電気に加工して市内へ提供し続けている。生産されたものがそのまま市街地へ入ることは少なく、エッジで加工されたり留め置かれたりしながら、ニーズにあわせて必要な量が小運搬され続けている。だから洛中には巨大な倉庫や貯木場といった留め置く施設が見られない。京都のエッジは、中心市街地に対する「フィルター」の機能を持ってきたと言えるだろう。
 『Lonely Planet Kyoto』の表紙に話を戻そう。お茶屋さんの数寄屋造りの建築、軒先にかけられた外掛すだれ、店先の提灯とのれん、女性の着物、草履に足袋。どれも周縁地域で生産、加工されて、さらに市内で二次加工されたものばかりだと気付く。その写真は見事に京都らしい仕組みを象徴しているのである。

惠谷さんの話を元に作成した「フィルターとしてのエッジ」を示すダイアグラム(作図:榊原充大)

吉岡 洋 (京都大学 こころの未来研究センター特定教授)

 子供の頃は伏見区深草の下町で育った。その当時、家族で京阪電車に乗って四条河原町に買物に行ったりするのを、「京都に行く」と言っていたことを憶えている。自分たちが住んでいる場所も京都に違いないのにおかしいなと思ったが、「京都に行く」とは「街に出る」というようなことだったのだろう。けれども東京の住宅地に住んでいる人は繁華街に出ることを「東京に行く」と言うだろうか。「京都に行く」の「京都」はたんなる地名ではなくてひとつのイメージ、つまり京都の中の「誰もが〈京都〉として想像する場所」という意味だったのかもしれない。そしてそのイメージに合致する京都は中心部と、いくつかの観光名所に限られている。だから自分の住んでいる場所は京都市ではあっても「京都」ではなかったのだ。

 舞妓さん、祇園祭、清水寺などといったものがそうした「京都」のコアなイメージなのだろうが、そうした京都は本当は「よそさん」にお見せするための外向きの顔で、本当の京都らしさはどこかべつな場所にあると、「京都」の中心に住んでいる人々自身も思っている。そうした京都らしさのひとつは、中心と周縁部の「近さ」ではないかと思う。他の大都市から来た多くの人たちが京都について驚くことのひとつは、賑やかな繁華街からほんの2、30分で、のどかな田園風景や山の自然に触れることができるという点である。都会と田舎が互いにこんなに近い距離にあるのは、東京では考えられないことである。

 中心と周縁部、都会的な面と田舎的な面は、たんに距離的に近いだけではない。それらはあまりに近すぎて互いに排除することがなく、むしろ混じり合っている。京都は、田舎に対立する場所としての都会ではない。むしろ、京都全体が大きな田舎のようにも見える。こうした関係は、新しさと古さ、モダンと伝統との関係についても言えるのではないだろうか。両者は対立せず、複雑に入り組み反映しあっている。過去の中に未来があり、最新のモードが古い意匠から産まれる。二項対立が成立しない場所なのである。

 こうした特徴を可能にしているのが、サーキュレーション、循環という働きではないかとぼくは考えている。この事業で取り上げられた山科区、伏見区、西京区、北区、右京区という五つの区(ぼくはこれまでその中の三つに住んでいたことがある)は、中心部を囲むサークルを形作っているというだけでなく、長い歴史の中でそこを通ってモノや情報や人が運ばれ、都市と田舎、洗練と素朴、新しさと古さとを循環させてきたエリアなのである。その意味で、本当の京都らしさを支えているのはむしろそうした地域であると言うこともできる。

 「サーキュレーション」とはまた「リサイクル」と言い換えることも可能である。リサイクルとは一度使ったものを捨ててしまわずに、工夫をしてべつなやり方で使うということだ。そういうのを関西では「ケチ」ではなく「しまつ」と言う。現代では「エコ」だ、素晴らしいと褒められるかもしれないが、本当は「エコ」というのともちょっと違うのではないか、とぼくは思っている。「しまつ」というのは、モノの本来持っている命というか、可能性を無駄にせず使い切るということだ。それは、本当はピカピカの新品が使いたいのだけど環境によくないからガマンしてお古を使う、というようなこととは全然違う。使ったものを工夫してまた使うのは楽しいのだ。リサイクルとは地球のためではなく、それ自体が面白いからやるだけなのである。

 リサイクルということをもっと広い視野で考えてみると、それは人間がエコのために頑張ってやる善行などではなくて、そもそも生き物とは徹底的にリサイクルをしているものなのである。たとえば私たちの身体は生きていくのに必要な物質(たとえば水)を、体内で使っては何度も浄化し再吸収して、徹底的にリサイクルして使っている。生きるとは本来そういうプロセスなのではないかと思う。 新しいモノ好きの愚かな近代人は、サーキュレーション、反復、繰り返すことを一様に軽んじる傾向がある。変化、新奇性、オリジナリティにばかり過剰な価値を置き、それを見出せないと「たんなる過去の繰り返しだ」などとバカにする。これはぼくに言わせれば、救いがたく誤った世界観である。作家で批評家のチェスタトンは『正統とは何か』の中で次のように言う。人は変化を生命力の徴と考え、反復をその衰退と結びつけるが、それはまったくの誤りである。その証拠に、生命力に溢れた子供たちは同じ遊びを毎回嬉々として楽めるのに対して、生命力の衰えた大人だけが反復に倦み、変化と新しさを求めて呻吟しているではないか。

 生きることとは基本的に反復であり、循環である。芸術などの文化的活動も、生きることの上に成り立っているのだから、やはりその基本は反復であり循環なのである。もちろんそうした反復の過程で、思いがけない新しいものが生まれ出ることはあるが、それは結果であって、それを目指しても仕方がないのである。私たちが生きてきた近代という時代は、反復と循環を軽視する一方で、変化、改革、新たなものの創造といったことにばかり価値を置き、人々を変化へと駆り立ててきた。たしかにそうすることで元気が出た時代もあったのだが、今はそうした「変わらねば」という号令が、生きる上で息苦しい足枷になっていると思うが、人はまだそれに囚われたままである。会議で「別に変わらなくたっていいじゃないですか」などと発言したら袋叩きにあうのである。

 そうした意味で「サーキュレーション」は、この時代にたいへん重要なテーマだと思う。政治の世界でも文化の世界でも、今は革新派が古く硬直して見え、むしろ保守派が新鮮に見えるような現象がみられる。立場にとらわれる必要はないが、サーキュレーションというテーマは、本来の意味で保守的であるとはどういうことかを考える機会を与えてくれると思う。逆説的に聞こえるかもしれないが、本当に未来につながる態度とは、目新しいアイデアを捻り出そうと頑張ることにではなく、むしろ大人の賢さから少し離れて、いわばちょっと愚かになり、反復と循環の中に子供のような活力を回復することにあるのではないだろうか。

3月10日に開催したメディア発表記念トークの模様をまとめたレポート記事が「EDIT LOCAL」の中で公開されました。

レポートはこちらからどうぞ

ぜひご覧ください!

みなさん、お久しぶりです。
8月6日の中間発表で、短歌を詠んだり寸劇したり、果ては留守番電話を放送したりとやりたい放題だった右京チームです。現在、右京チームはチーム名を「うたのまちうきょう」と名乗りながら活動しています。

まずは、8月6日に発表した「post百人一首」プロジェクトについて、簡単に説明したいと思います。
はじめに、右京区は、嵐山や太秦などの観光地と、自然豊かな京北地域、閑静な住宅街からなる、非常に多様な特性を持った地域です。
そのような右京区でメディアを作るなら、どこか一点だけに目を向けるのではなく、右京区の特徴の多様さを浮かび上がらせられるメディアを作りたい……。
そこで、私たちが考えたのは、右京区の嵐山にルーツを持つ百人一首を使い、右京区のさまざまな人たちの意見を吸い上げるメディア、「post百人一首」です。

「post百人一首」は、Twitterやポスト投函、短歌会や留守番電話などの方法で、右京区に住むまたは右京区に対して何らかの思いを持っている人に、普段は言えない本音を57577の短歌の形にして、伝えてもらうメディアです。
ゆくゆくは、右京区に対する思いがたくさんの場所で共有され、課題の解決をはじめ、より良い右京区を作るためのメディアになれば、と思っています。

8月6日の中間発表以降、発表時にディレクター陣やゲストのみなさんからご指摘していただいたことを踏まえて、これからどのようにしていくのか、一人一人の役割を確認しながらチーム独自でミーティングを重ねてきました。

そこから地域の皆さんに短歌をどのように知ってもらうか?
詠んでもらうための親しみやすい話題は何か?
まずは、知ってもらうことから始めよう!ということになり、「うたのまちうきょう」という名前を広めていくためにTwitterやFacebookのSNSアカウントを作り、更新を始めました。

Twitterはこちら  https://twitter.com/ukyotanka
Facebookはこちら https://www.facebook.com/utanomachiukyo/

10月には、右京区太秦にある「キネマキッチン」で、みのりのもり劇場のスタッフの方とディスカッションする時間を持つことができました。
そして、すでに右京区のローカルメディアとして根付いている「右京じかん」の紙面で私たちが企画ページを持つことになり、12月号から連載が始まりました!!
ぜひ見かけた際にはお手にとって読んでいただけますと嬉しいです!

さらに、実際に一般の人を巻き込んでイベントも開催しました。
12月頭には、京福電鉄・龍安寺駅近くのカフェ「たつどう」で「はじめての短歌会」を開催しました。
「うたのまちうきょう」を広めていくの最初の取り組みとして、まずは、57577で自由に歌を読んでもらおうというねらいです。

この日は、約10名の方が参加してくださりました。歌人の永田淳さんと、上終歌会の山内優花さんのお二人にご指導いただきながら、実際にまち歩きをして短歌を考えました。
短歌を即興で考えることや、リズムと言葉の組み合わせが難しいのかなと思っていましたが、自分の気持ちに素直になって言葉に出してみると自分らしい短歌を詠むことができるようになり、うまく思いを伝えることができました!

今後は、ポストを右京区の各所に設置し、いろんな世代の方から短歌の募集を始めたり、webサイトの開設を進めていきます。8月6日の寸劇の中でも紹介した「留守番電話での短歌募集」も実現したいと思っています。

これからも
「うたのまちうきょう」としてどんどん右京区を盛り上げていきます!!!

文・伊藤真菜、福谷咲奈(右京ふれあい文化会館〈右京〉チームメンバー)

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右京チームのプレゼン映像はこちらから
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こんにちは、西京区チームです。

つい二時間ほど前に中間発表を行った気がしていたのですが、いつの間にか三ヶ月も経ってしまっていました。時間の流れって恐ろしいですね。
これももう何回同じこと言うねんワードな上この季節毎日のように耳にするフレーズだとは思いますが、実感と言葉の重みがえげつないので言わせてください。
余談ですが、毎年ハロウィーンからお正月までの時の流れって異常に早くないですか? 時空に歪みが生じているとしか思えません。

ということで(ということで?)、時空の歪みの中で三月のメディア発表にむけてぼちぼちと動き始めている私たちですが、その話をする前に、今回は私たちのこれまでの活動とこれからの展開について少しお話しさせてください。

私自身、西京区にはまったく縁がなく、正直なところこれまで西京区のにの字すら意識したことがありませんでした。
西京区チームに所属になったため西京区と私自身との関係を探ってみましたが、強いて言えば、家が多少近いくらいでしょうか。
そんな、西京区にな~んの関心もなかった私ですが、今では「次に引っ越すなら西京区!」なんて思い始めています。いいマンションがあったら教えてください。1Kで二階以上、オートロックはなくてもいいけど都市ガス希望です。

私たちは、西京区に職場を持つ者、西京区の学校へ通う者、西京区に移住予定の者、西京区に店を持つ者、西京区で市民団体活動を行う者など、西京区にさまざまな縁を持つ男女10人の集まりです。 ※一部例外あり

では、西京区に関わりのない方にとっての西京区ってどんなものでしょうか?

六月にはじめましてと顔合わせをしてからの二ヶ月弱の前期活動期間、私たちの活動は、そんな西京区固有のものを探すところから始まりました。
竹、古墳、大原野野菜……。
西京区固有のもので、洛中と洛外を結ぶ交通となり得るもの。
ぽつぽつとあれこれあがりますが、他のチームのように「これだ!」というものがなかなか出てきません。

図書館で古い資料を漁ったり、地域の人に聞き込みをしたり、街歩きをしてみたり。メンバー間で連絡を取り合い、何度も集まっては西京区についての取材を重ねました。ラクセーヌで子供に避けられるたけにょんに遭遇したことも良い思い出です。
大小様々なワードが浮上し、どれもおもしろく膨らむのですが、いまいちピタッときません。

そんなことを言っている間にも時は過ぎ、いよいよ我々は、ベタすぎてなんとなく避けてきたど真ん中ワード、けれど西京区にとっては避けては通れないアレに直面するときが訪れます。

それは、「洛西ニュータウン」です。

洛西ニュータウンは、建設された当時、鳴り物入りで登場した西京区期待の星でした。
バリアフリーを意識した構造や幹線道路の無電線化、公園を繋ぐネットワーク化された緑道。そのどれもが当時にしてはかなりハイスペックなものでした。
ところが蓋を開けてみると、通るはずだった鉄道は通らず交通の不便さが悪目立ち。
ほとんどの家屋に一斉に入居が行われたために、入居者の世代の偏りが大きく、現在では住民の多くが高齢者となっています。

そこで、私たちは「新しい交流を生み出すこと」を目標に、Wi-fiインフラを用いて洛西ニュータウンをもう一度ハイスペックシティとして蘇らせよう! という「たけにょんWi-fi」計画をメインに据えて8月の公開プレゼンで発表を行いました。

たけにょん、かわいいですね。(写真:前谷開)

「たけにょんWi-fi」とポーターが洛西ニュータウン内の緑道を回遊(サーキュレーション!)することで人と人を繋ぎ、新しい交流が生まれる。そこで生まれた交流が、また新たな交流とそれに伴う未来を作ってゆく。
そんな「たけにょんWi-fi」構想が私たち西京区チームの第一弾の発表でした。

ラクサイネットタウン。洛西ニュータウン内にある各公園を線で結びシンプルな図形に仕上げました。

どこかで見たことがあるような、強烈な既視感を覚えるデザインです。

皆、仕事をしながらの公開プレゼン前一週間は、学生時代を思い出すハードさでした。
プレゼンは、意外とパワフルでタフネス、粘り強さと土壇場の勝負強さに定評のある西京区チームらしくえいやっと作り上げました。二徹も辞しません。つよい! えらい!

そして、過去の話はここまで。

私たちは、公開プレゼンの後、さらに西京区のリサーチを続け、構想案は常に進化し続けています!
今後の展開については近いうちにお知らせしたいと思っています。
西京区チーム、とってもおもしろいことになっています。

西京区チームの今後の活躍にご期待ください……!!

文・田中愛美 (西文化会館ウエスティ 〈西京〉チームメンバー)

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みなさんこんにちは!山科区チームです。
今回は、8月6日のプレゼンテーションまでの山科チームの歩みを振り返り、今後について
も少し触れたいと思います。

山科は「通過」の街?
山科にはJR、京阪、地下鉄の3路線が通り、毎日多くの人が行き交っているものの、目的地になりづらい地域である。そんな印象はかなり初期から見えてきていたように思います。
「通勤通学」や「渋滞」、京都中心部の碁盤の目とは異なる「くねくね道」など移動に関するキーワードが上がっていました。
私たちのチームには滋賀出身、在住の方がおり、滋賀から見た京都のという視点があったことも大きく影響していると思います。

「車石」に光を当てる
私たちが最初に「これを推していこう」と思ったのは「車石(くるまいし)」。
車石とは大津から京都の街を結んでいた道に敷かれた石です。重い米俵を積んだ牛車が通るため、石には自然と溝ができています。
車石を取り上げることで、鉄道が開通する前も山科は多くの人が行き交う場所であったという歴史とのつながりが見えてきたように思います。

山科問題にぶち当たる
6/25に奈良文化財研究所から惠谷浩子さんにお越しいただき、レクチャーを受けました。そこでぶち当たったのが「山科問題」。山科問題とは、今回のワークショップのテーマである「フィルター」に当たるものが山科にはないのではないか、ということ。
「フィルター」とは例えば、鞍馬の山で採れたものを北区で加工して洛中に届ける、というような流れのこと。
砥の粉(山科で採掘・生産されている粉で伝統工芸に欠かせないもの)なども存在しているのですが、確かにCIRCULATION KYOTOのテーマに一致させるためには工夫が必要なようです。

そして迎えたプレゼンの日
いろいろと悩みながらも、「山科通勤通学家族」というひとつのメディアに行きつき、発表の日を迎えました。

山科には自主独立の精神が根づき、地元コミュニティの活動は非常に活発です。
ですが、外と内の交流は少なめのよう。外の人が山科で降りるような何かがあれば、流れが変わるのでは?外の人と言っても、縁もゆかりもない人を引き寄せるのは難しいかも。でも、山科には毎日通っている人がたくさんいるじゃないか?というところから発想が広がっていったように思います。

デザイナーが多い山科チームはアートワークにもこだわり、実際に手で触れられるものまで落とし込むことができました。

プレゼンの評価では、やはり山科の内の人と外の人の意見や意識の違いを感じ取る部分もあり、これから作っていくメディアの存在意義を感じました。
「降りる」だけでなく、「通過している最中にヒットする」メディアもありかも、など新しい視点を得ることもできました。

山科チームのこれから
プレゼンまでは、仕事や学業が忙しいメンバーも多く、現地に行く機会が他のチームより少なかったかもしれません。ということで、今は山科のキーパーソンと会う機会をセッティングし、つながりを深めています。
9月下旬には山科のボランティア団体「ふるさとの会」(注1)事務局長である鏡山次郎さん、10月上旬には山科との地域連携を活発に行っている橘大学の小辻先生へのヒアリングを実施。また、10月に山科で開催された「やましな駅前陶灯路」や「山科バルフェスタ」、「清水焼の郷まつり」に参加し、メディア作成の情報収集を行いました。

「通過」を取り上げるというコアは残しつつも、「山科の人が通過する人に送っていたメッセージ」に焦点を当てて、メディア案を構想中です。今後の進展をお楽しみに!

注1「ふるさとの会」
正式名称「ふるさとの良さを活かしたまちづくりを進める会」。
京都市山科区の自然・歴史・伝統・文化をより深く知る中から、地域への愛着をはぐくみ、まちづくりに活かそうとしている区民の自主的なボランティア団体です。
参考:「ふるさとの会ホームページ」はこちら

文・久保田真也、藤澤理恵 (東部文化会館〈山科〉チームメンバー)

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2017年6月にスタートした「まちの見方を180度変える ローカルメディアづくり~CIRCULATION KYOTO(サーキュレーション キョウト)~」。伏見チームは、総勢11人のメンバーでスタートしました。

このプロジェクトは、紙やウェブにとらわれない、いままでにない新たなローカルメディアを作っていくことを目指します。
ディレクターの影山さんは、ワークショップの中で、ローカルメディアを「異なるコミュニティをつなげるための手段」だとお話しされていました。

「最終的に自分たちの作った構想案を200名以上入る会場で発表する」
スタートしたとき、多くのひとに向けて発表することを想像すると少し恐ろしかったです。
と言いつつも、このチームで、今まちにあるものを新たな視点から見て、まちの魅力を掘り起こすことでローカルメディアを作りあげていこう!という想いで活動しました。
8月の公開プレゼンに向けて、まちあるきや聞き取り、リサーチを繰り返し、ちょっと斜めな視点からまちを見直すことを意識しました。

毎回、ワークショップの中で各チームの発表を聞くことで、考えを深める機会が多くありました。

では、プロジェクト前半の感想やエピソード、またプレゼンを終えた後に取り組んでいること、今後への意気込みを書いていこうと思います。

ワークショップの中でディレクター陣からは、
「フィルターとしてのエッジの象徴となるものを見つける」
という宿題が提示されました。

フィルター?エッジ?
伏見チームは、まちあるきをしながら地域特有のキーワードを見つけるため、チームメンバーで伏見でフィールドワークを繰り返しました。
そして私たちは、「川」がフィルターとなり、「舟」がメディアとなり伏見という場所を成り立たせていると考えました。
伏見を象徴するとも言える十石舟を用いて、船上マルシェを開くなどして、昔の伏見や大阪・伏見間の物流がよみがえるようなものにならないかなあなど、メンバーと共に伏見を歩きながら考えました。

メンバーが集まって伏見を歩きました。

別の日には、伏見のまちづくり団体「ぴあぴあコミュニティサポート合同会社」の藤崎さんにインタビューを行いました。
伏見桃山界隈のまちの雰囲気、地域活動をしている他の団体の情報、伏見の歴史的背景、巨椋池の話、川魚文化、桃、商店街、遊郭、川、舟、伏見の野菜、日本酒などなど話題は尽きず……。
3時間近くヒアリングにご協力いただきました。

ヒアリングに行くまで、チーム内で地域の必然性に関する裏づけや「伏見ならではの何か」をなかなか見つけられず、もやもやしていました。
ですが、藤崎さんのお話を聞くことで伏見に関する知識がより深まり、メンバーそれぞれの「伏見愛」も見えてきました。

プロジェクト第3回目のワークショップでは、各チームがプロジェクトに参加しているメンバー全員に向けてプレゼンを行う時間がありました。そこでは、取材に行ったメンバーが、伏見地域で活動していらっしゃる食育キッチンの石黒さん、月見館の南さん、山本本家の山本さん、東部農業振興センターの石田さんにインタビューしたときの様子を報告したり、まちあるきをしたときの写真など用いてチームの活動報告を行いました。

この日は、ディレクターの影山さんから、メンバーの特性を活かしつつ、チーム内の役割分担決めを段取りよくしてくださったので、各々の動きが明確になり良かったです。

レクチャーでもお話いただいた中書島繁栄会の北澤雅彦さんにもお会いしてきました。

発表にむけて構想案の内容が明確になりつつあるなか、ディレクター陣からのアドバイスもあり、私たちの構想案の象徴とも言える「舟」を段ボールで制作することにしました。

1m×1mの段ボール紙から型をとってカッターで切り出し、成型していくことで、立体的な「舟」のかたちになっていく過程は、やっていてとても達成感がありました。 なんとか、かたちにすることができて、本当に良かったです。

ついに迎えた、公開プレゼン前の最後のワークショップ。
午前中は、ディレクターの方々を前にプレゼンの練習をしてフィードバックをいただきました。

また、午後からは月に一度だけ開くフリーペーパーのお店「只本屋」の運営をされている山田さん、「京都移住計画」の活動をされている不動産プランナーの岸本さんをゲスト講師にお迎えして、午前中にいただいたフィードバックで練り直したプレゼン案を見ていただき、アドバイスをいただきました。

午前中にご指摘いただいた点を改善するつもりで削った部分が、逆に少し流れや内容を見えにくくしたりする結果になり、午後のプレゼン後に、再びチームで話し合ってスライドの順番を入れ替えたり、スライドを増やしたり減らしたりする作業を繰り返しながら、内容をブラッシュアップしていきました。

途中、ディレクターの1人である編集者の上條さんから、かなりの神がかったアドバイスが降りてきて、なんだかつっかえていたものが、スッキリと水で流されたようにきれいに整理整頓されて、外はもう真っ暗な時間帯、プレゼン案がほぼまとまったのでした。

公開プレゼンの8月6日(日)。
ウィングス京都で13時よりスタートするプレゼンで、伏見チームは14時から、2番目の発表。

今回のプロジェクトでチームが考えたローカルメディアは、
伏見の三十石舟をモデルにしたカーゴバイク、名づけて「伏見m.a.a.r.(ふしみまーる)」。

伏見のまちを、伏見m.a.a.r.が回遊することで、まちのなかに新しいコミュニティが生まれるきっかけになったり、伏見のなかとそとのひとが出会う場をつくりだします。
また、点と点で活動する伏見の個人、団体の方を面でつなぎながら、伏見「らしさ」を発信したりする、そんなローカルメディアです。

公開プレゼン後は、メンバーそれぞれが持つ個人的なつながりによって、類似した先行事例を展開されている団体や個人にお話をお伺いしに行ったり、公開プレゼンの動画をご覧いただきフィードバックをいただいたりしました。
また、地域で活動されている団体のお集まりに参加したり、公開プレゼン後にも活発に活動しています。

現在3人がコアメンバーとなって活動をしています。
後半のメディアづくりは前半と違って、チームのテーマに沿った個人個人の動きが、より必要になってくるかと思います。
伏見地域の課題と自分の関心ごとをどんな風に重ねて、動いていけるのか。
じっくり考えつつ、これからも進んでいきたいと思っています。

文・堀家沙里 (伏見〈呉竹文化センター〉チームメンバー)

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伏見チームのプレゼン映像はこちらから
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8月6日のプレゼンから早2ヶ月。北チームは一度燃え尽きたのち、なんとか無事に戻ってくることができました。

先日のレポートで紹介していただいたように、私たちは「振り継ぎ」という少し複雑なメディアを考案しています。仕組みをなめらかにしていくことが後半のポイントとなっています。

9月のチームミーティングでは、メンバーそれぞれが「振り継ぎ」を通して何を大事にしていきたいかを改めて出し合い、実現に向けてどんな規模感やスケジュールで進めていくのかを話しました。

本日は少しだけ、8月6日までの奮闘ぶりをご紹介していきたいと思います。

WEB、本、デザイン、写真、映像など「ものづくり」に関わることが好きなメンバーが集まった北チーム。どちらかというと、言葉にするよりもまずは自分で考えるタイプが多いかもしれません。

初日のワークショップでは、「これまでにないローカルメディア」についてそれぞれが落とし込もうとしてしまったため、静かな時間だけが流れてしまいました。

わからないなりにもリサーチをしてみよう! と学生メンバーが研究している北山杉の産地・中川地区にフィールドワークに出かけたり、それぞれが北区在住の友人や漬物屋さん、手芸屋さんなどに話を聞いて回りました。

(北山杉の産地・中川地区にて)

なかでもご紹介したいのが、男性メンバーによる「銭湯リサーチ」。これは、銭湯の数が多い北区ならではのリサーチ方法かもしれません。

ドラマのワンシーンのように、隣に座ったおじさんに気軽に話を聞いて回れるかと思いきや……簡単なものではありませんでした。

銭湯へ通うおじさんには、それぞれに「理想の浴槽の回り方」があり、体を洗って湯船に浸かり、脱衣所へ戻るまでの一連の動きにいっさい無駄がなく、その光景はただただ美しかったそう。

ゆえに声をかける隙がなく、尾行をしながらその機会をうかがっていたみたいです。話し始めてからは “裸の付き合い”。北区の歴史や北区に対して思うことなどをあれこれ聞くことができました。

「西陣エリアは昔、織物の産業が盛んでまちに活気に溢れていた」という話をされる高齢者が多く、伝統的な京文化や産業の継承について考える銭湯リサーチとなりました。

(新大宮商店街の夏祭りの様子)

こんな風に様々なリサーチを重ねて出会えた「振り売り」というキーワード。

実際に見たことがある北区在住のメンバーもおり、さらに文献を探していくと、京都市内の振り売り農家113件のうち98件が北区であるというデータにたどり着きます。

「これでいくしかない」

と言ったのは、メンバーではなくディレクターの影山さん。

「それならこれでいこう」

と素直に受け止める北チームのメンバー(笑)

その時発表していた3つの案それぞれに良さを感じていたので、自分達だけでは決めきれなかったということもありますが、最終的にはリサーチしてきた全てのエッセンスが少しずつ入っているように感じます。

その後、急いで「振り売り」のリサーチを開始。飛び込みや知人の紹介で、ありがたいことに3軒の振り売り農家さんにヒアリングをさせていただくことができました。

(森田農園の森田さん)
(樋口農園さんで出会った振り売り用の大八車)
(玉田農園の玉田さん)

振り売りの仕組みの中で私たちが着目したのは、「コミュニティ」としての副次的な役割。単に「売り手」と「買い手」という関係に止まらず、野菜の調理法を教えあったり、情報交換をしたり、高齢者宅の見回りの機能を果たしているという点がすてきだなと思いました。

ここに、手紙というメディアがもつ「一人が一人に届ける強さ」をプラスすることで、まちに対しての「親密度」をあげることができるのではないか? という仮説を立て、ローカルメディアづくりを進めていきます。

そうして徐々に組み立てられてきた「振り継ぎ」。

次に、「思い出のあるモノ」を集められるのかどうかを試してみようと思い、メンバーの家族やラーメン屋のお母さんに協力していただきました。

(北チーム・山田さんとおじいさん)
(お話を伺ったラーメン屋・太七にて)

モノを集める難しさとモノに秘められた思い出を聞くおもしろさを感じながら、プレゼン前のリサーチはこれにて終了。あとは発表に向けてかたちにしていきます。

写真を撮ることも忘れていた発表前日は、気がつけば夜の22時までディレクター陣にアドバイスをいただきながら黙々と作業をしていました。

(プレゼン後。誰かひとりでもいなかったらこの日は成り立ちませんでした。)

プレゼンから打ち上げまでの空き時間には「いっせーのーせ」と「しりとり」をしながら時間をつぶしているような平和であたたかいチームです(笑)

これからは、実現に向けて少しずつ実践していくプロセスに入るということで、チームのみんなが自分達のプランを楽しむことを第一に、北区らしいローカルメディアに仕上げていきたいと思います!

文・並河杏奈(北文化会館〈北区〉チーム)

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北チームのプレゼン映像はこちらから
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8/6(日)に公開プレゼンテーション・ディスカッションを行いました。
6月からの1ヵ月半の間に全5回のワークショップ、レクチャーと連日の自主活動を経て、各チームが生み出した構想案をいよいよ発表です!

前日(8/5)は、不動産プランナーの岸本千佳さん、「只本屋」代表の山田毅さんのふたりをゲストにお迎えし、プレゼンリハーサルに対するフィードバックをしてもらい、最後の追い込みをかけました。そしてプレゼン当日。各チームの発表に先駆けて、プロジェクト・ディレクターの影山がこれまでのワークショップの振り返りと、プロジェクトのコンセプト(詳しくはこちら)について説明しました。

人と人をつなぐローカルメディアとは

京都市内の5つの区ごとに5つのチームに分かれ、それぞれの地域で最適なメディアを構想するサーキュレーションキョウト。本プロジェクトの特徴は、いわゆる紙やウェブといった一般的にイメージされる「メディア」ではなく、人と人をつなげ、相互に交流する「媒体」としてのメディアを制作するところにあります。

さらに、発行して終わりではなく、今後も地域に残っていくメディアを目指して、「発想の斬新性」「地域における必然性」「運営の継続性」「資金の調達方法」という4つのポイントを重視しプランをブラッシュアップしてきました。今後は、この日に発表されたプランを元に、2018年3月に向けて実際に制作をスタートします。

こちらのレポートにある通り、本プロジェクトの対象エリアはまさに都市のエッジにあり、洛中と洛外を結ぶ歴史的にも重要な役割を担ってきました。各チームはこうした地域の歴史性を掘り下げ、キーパーソンへのヒアリングを元に「ローカル」の種を見つけ、その地域ならではのユニークな「メディア」を考えてきました。

右京チーム:post百人一首

トップバッターの右京チームは、小倉山で生まれた「小倉百人一首」を古来から右京エリアに存在する「メディア」と捉え、地域に潜在している課題を表面化させるような仕組みを構想。電話を使った投稿例、短歌会のデモンストレーションなど凝った演出でお客さんを沸かせました。

右京エリアは、かつての平安京の左端にかかっており、貴族が避暑などでよく訪れていたそうです。都の喧騒から離れて、歌を詠むという文化がこの地域から生まれたのは必然だったかもしれません。実際、まちなかやお寺には歌碑がたくさん建てられています。歌碑は、貴族たちが残したものではなく、小倉百人一首を愛する人々によって後年建てられたもの。まちあるきをした右京チームは、この親しみやすく、伝播力のある「短歌」に着目します。

また、百人一首を取り上げた理由は、単にそれが右京エリア発祥だからというだけではなく、江戸時代に入り木版印刷が発達すると、かるたなどの遊戯を生み出し、また和菓子にも影響を与えるなど、様々な文化のアイデアソースになっているからでした。

一方、現代はインターネットなどテクノロジーが発展した時代です。この時代にふさわしい短歌の投稿の仕組みを考えられないか。そこで彼らは、若い世代向けにはツイッターを使って、年配の方には既存の紙メディアを通して、こっそりと投稿したい人に向けては留守番電話というツールを使って、様々な世代の方が短歌を投稿できる仕組みを提案しました。

今後は、既存のローカルメディア(右京じかんなど)やショートツアー(まいまい京都)などのサービスと連携し、地元の企業の協賛を募って定期的に短歌会を開催し、「うたのまちうきょう」というアイデンティティをこの地域に定着させたいと意気込みます。

伏見チーム:伏見m.a.a.r(マール)

大阪と京都をつなぐ日本最大の河川港湾として栄えた伏見は、三十石舟という船が淀川の水運を利用し大阪ー伏見間を活発に往来していました。大阪から人、海産物、年貢等の物資が京都に運ばれ、一方、伏見からはお酒や伏見人形などの名産品(文化)等が大阪を経由して全国に運ばれました。この地域もまさに、文化とモノの経由地だったのです。

しかし、時代とともに鉄道など陸用交通機関にとって代わられ、運河の機能は衰退していきました。そこで、人や文化、モノが往来する「港」を現代に蘇らせることはできないか、と考えて生まれたのが「カーゴバイク」というメディアでした。

このプランがユニークなのは、船に見立てたバイクの前面が開閉式になっているところです。蓋を閉めればテーブルになり、料理やお酒を楽しんだり、名産品を売ることができます。蓋を開ければ、それらの商品をしまって別の場所に移動できる。まちかどのあちこちに停泊した「伏見m.a.a.r」の周りには、世代も出自も様々な人々が集まってくることでしょう。

さらにこのチームは、現代版三十石船として、かつての運河沿いにレールが敷かれた京阪電鉄に注目します。しかし、大阪と京都を結ぶ京阪電車の利用者は、伏見を通過していってしまいます。そこで彼らは、数多くのスナックが集積する呑み屋街・中書島の駅にある、普段、早朝と深夜しか使われてないホームに着目しました。

ここに「伏見m.a.a.r」を設置して、中書島のスナックのママに、「昼のママ」になってもらったらどうだろうか。まかない料理やつまみと伏見のお酒を提供し、それを目当てにした酒好きが、通過せず伏見に降りるようになったら……そんな夢のあるプランを発表してくれました。

北チーム:振り継ぎ

京都市の北に位置する北区は、金閣寺や上賀茂神社などの観光資源があり、市街地にはバスターミナルがあるなど、比較的中心部からもアクセスしやすい街です。しかしちょっと北に上がれば山があり、北山杉などの名産品もあります。

このチームがローカルテーマとして注目したのは、「振り売り」という野菜の移動販売の仕組み。なんと、京都市内の全113件の振り売り農家さんのうち、98件が北区なのだそうです(チームメンバーが書いたこちらの記事も参照のこと)。

振り売りは、単に商品の売り買いをするだけではなく、地域のお年寄りの安否確認などの情報交換をする機能も持っていました。そこで北区チームは、こうした人と人、情報が活発に交換される「振り売り」というローカルテーマから、まったく新しい「振り継ぎ」というメディアを考えました。

振り継ぎの仕組みはちょっと複雑です。まず、地域のお年寄りから、二十歳の頃の自分に贈りたい「モノ」と伝えたい「メッセージ」を振り継ぎチームが預かり、現在の二十歳の若者に届けます。そして、自分が欲しいと思っていたモノを受け取った若者は、未来の自分から受け取ったと仮定して、感謝の気持ちを手紙に仕立てます。

重要なポイントは、お年寄りと若者がモノとメッセージを直接やりとりするわけではなく、「振り継ぎチーム」が仲介に入るということです。また、区内の飲食店や空き店舗に「振り継ぎステーション」を設置し委託したり、特設ウェブサイトにインタビュー記事をアップするなどして、プロジェクト自体に親しんでもらうための工夫も考えました。

山科チーム:やましな通勤通学家族

4番手に登壇したのは、京都の東側、山に囲まれた山科区のチームです。滋賀と京都の間にあり、伏見と同じく独自の文化圏にある山科にふさわしいメディアとはいったい、どんなものが考えられるでしょうか。

山科チームは琵琶湖疏水という水のインフラ、そして牛車の往来がしやすいようにと車石が敷かれた街道のインフラに着目しました。そこに、近代以降に敷設された鉄道網というインフラを重ね合わせてみます。すると、JR・京阪・地下鉄が乗り合わせているにも関わらず、どれも始発駅ではない、つまり現代においても「通過される」まちという宿命を背負っている山科の特殊性が見えてきました。

そこでこのチームが提案するのは、山科を通過する通勤者、通学者に向けたメディアです。キャッチコピーは、「通過される町からツーカーの仲になる」。通勤、通学で利用する人に、1、2時間降りて山科を歩いてもらうにはどうすればいいか? というプランです。

具体的には現代もまちなかに残る「車石」を探すツアーだったり、国内で100パーセントの生産を誇る「砥の粉」という、金継ぎに利用される材を利用し、まちなかに点在する「飛び出しぼうや」を磨くワークショップなどを開催します。

さらに、これらワークショップを体験する会員向けの「鍵」サンプルをつくったり、鉄道広告やDMなどのツールを実際に印刷して配布するなど、本格的なプレゼンでゲスト講評者を驚かせました。

西京チーム:たけにょんwifi

最後に登場したのは、京都の西側に位置する西京区を対象にしたチームです。西京区は、ディレクターチームがワークショップ開始前よりリサーチを行い、注目していた洛西ニュータウンのある地域です。

全国の他の地域のニュータウンもそうですが、この洛西ニュータウンは、いわば「昭和のエース」でした。いまでは珍しくありませんがバリアフリー化されており、整備された緑道が団地の隙間に点在しています。しかし今は、少子化、空き家の問題を抱えています。これは全国どこでも一緒です。しかもここではwimaxがつながらない。これは辛い。そこで彼らが提案したのは……。

なんと彼らは、西京区がここ数年推している、公式ゆるキャラの「たけにょん」を連れてきました。竹林が広がる西京区ならではの鉄板のキャラクターです。これには観客も騒然。区内だけではなく中心部にも足繁く通い、京都の人にも馴染み深い(?)このたけにょんに、西京チームは何をさせたいのでしょうか。

突然、舞台が暗転し、たけにょんの頭上が光りはじめました。たけにょんの頭上には、wifiを受信するアンテナが設置されています。そう、彼らは、区内を周回するたけにょんに、wifiの機能を持たせようと考えたのです。

もちろん、wifi電波を発信するたけにょんを一人寂しく歩かせるだけではありません。たけにょんの側には、「たけにょんポーター」というスタッフが取り巻き、wifiを求めてやってくる区内の住民にスマホやタブレットの使い方を教えます。また、運良く、普通のたけにょんじゃなくwifi付きのたけにょんに出会った人には、回覧板型スマホケースという、アナログとデジタル、オールドメディアと最先端メディアを融合させたツールを配るのだそうです。

3月に向けてどのようにプランを修正していくか

これら5つのプランに対して、伊豆田千加さん、井口夏実さん、兼松佳宏さん、竹田正俊さん、幅允孝さん、吉岡洋さんの6名のゲストが手厳しくも暖かいコメントをそれぞれしてくださいました。

まずは、プレゼンの完成度の高さ、そして小芝居の面白さに対して感心してくださいました。でも、これは中間発表であって、実際に出来上がった時に、本当にそれでいいのかはまた別の問題です。

実際、地域のどんなプレイヤーと組んでいくのか。本当に、発表者自身が継続的に関わりたいプランなのかどうか。事業を立ち上げるのは簡単だが、潰した時に責任を取れるのか……参加者が考えてもいなかった鋭い指摘が飛び交いました。こうした講評を受けて各チームプランを修正し、3月のメディアの実装を目指して突き進んでいきます。

各回のワークショップにレクチャー協力をしてくださったキーパーソンの方々、そして、今回の発表までにインタビューやヒアリングなどでご協力いただきました地域の方々に、心よりお礼申し上げます。

このプレゼンテーションの様子は、近日特設ウェブサイト上で公開します。各チームの発表をご覧いただき、今後の実現へのご支援を賜れましたら幸いです。ひきつづき、サーキュレーションキョウトにご注目くださいませ。

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ローカルメディアづくりワークショップ 4
ディスカッション&公開講座
「地域の課題と魅力を可視化する企画力」

会場|ロームシアター京都
日時|8月5日(土)10:00〜12:00/13:30〜17:00
講師|影山裕樹、加藤賢策、上條桂子、榊原充大
ゲスト講師|岸本千佳(不動産プランナー)、山田毅(只本屋 代表)

10:00〜12:00
・全5チームの全体へのプレゼンテーション

13:30〜17:00
・ゲスト講師及びディレクターからの個別レクチャー
・チームごとのディスカッション

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プレゼンテーション&ディスカッション
「新たな“移動”を促すローカルメディアのかたちとは」

日時|2017年8月6日(日)13:00~17:00
会場|京都市男女共同参画センター ウィングス京都 イベントホール
ゲスト|
伊豆田千加(NPO法人子育ては親育て・みのりのもり劇場理事長)
井口夏実(学芸出版社編集室長)
兼松佳宏(勉強家、京都精華大学特任講師、元「greenz.jp」編集長)
竹田正俊(株式会社クロスエフェクト代表取締役)
幅允孝(ブックディレクター)
吉岡洋(京都大学こころの未来研究センター特定教授)
主催|
公益財団法人京都市音楽芸術文化振興財団(ロームシアター京都、京都市東部文化会館、京都市呉竹文化センター、京都市西文化会館ウエスティ、京都市北文化会館、京都市右京ふれあい文化会館)、京都市

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写真 前谷開

「伏見」と聞くと、伏見稲荷や酒蔵のある町並み、日本酒の名産地、あの坂本龍馬が泊まっていた寺田屋のある場所、というイメージが浮かんできませんか?
私も、CIRCULATION KYOTOに参加して、6月に伏見のリサーチをスタートさせるまでは、そうでした。

ワークショップの中で地域のキーパーソンから伏見に関する歴史的なレクチャーを受けたり、資料を集めて読んだり、フィールドワークしたりして、伏見についてのリサーチを深めました。
特に、「京都の中で」伏見はどんな存在であるのか、に着目しました。

伏見は、日本最大級のの河川港湾で、伏見から京都市内へと続く高瀬川という川があることが分かりました。
様々な人やモノが往来する土地だということが分かりました。
また、その高瀬川が運河となり、様々な物資を京都の中心部へ伏見から舟で運び込むという、いわば「物流の要」という地域性を持っていたのです。

このことをキーパーソンの若林さんは「伏見は京都の腎臓である」と言っておられたことに私たちは印象を持ちました。

私たちはこうした伏見の地域性を象徴する「舟」と、伏見に根付いている、水、酒、野菜なを含む食文化と、その食文化に関わる人たちを掛け合わせて、構想案を練っています。

特に印象的だったのは、6/25に開催された奈良文化財研究所の惠谷浩子さんからの特別レクチャーを受けたことでした。
そこで伏見チームのリサーチはより一層深まったと思います。

特別レクチャーでは、今CIRCULATION KYOTOでテーマにしている地域こそが、京都の都市部の営みを成り立たせるためのフィルターになっている、という考え方を教えていただきました。
そこで、伏見のみに焦点を当てて考えるのではなく、「京都の中で伏見はどんな役割を持っているのだろう?」という問いが生まれ、そこから京都全体と伏見の関わりを意識しながらリサーチを進めることができたと思います。

また、ディレクターチームとやりとりの中で、伏見が持つ地域性の象徴として「舟」を考え、その必然性をリサーチを基にして考えることができました。
現在は、8/6に向けて、実際のビジュアルイメージなどのデザイン面についてもディレクターと共にブラッシュアップを重ねています。

(ディレクターの影山さんとまち歩き)

6月から今まで、メンバーは、幾度となく伏見に出かけて、伏見に住む様々な人にインタビューをしてきました。

すでに、伏見のキーパーソンである方々とは、顔見知りにもなれていると思います!

(左端に座っているのは、第1回ワークショップでもレクチャーをしてくださった中書島繁栄会の北澤さん。)

こうした、地域の人たちに入り込んで行くフットワークの軽さが伏見チームの良さだと私は思っています。

8/6のプレゼンテーションでは、構想案を見た人が思わず私たちのアイディアに関わりたくなるような気持ちになってもらえたらいいなと思っています!!

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文・下寺孝典 (グループサポーター/呉竹文化センター〈伏見区〉チーム担当)